ガソリンスタンドの看板は、この5か月ほとんど変わっていません。レギュラーガソリンの全国平均は、4月に168.5円、8月に170.0円です。動いた幅は1.5円でした。
ところが、その原料である原油は同じ期間に大きく動いています。WTI原油の月平均は、5月の1バレル99.1ドルから7月には79.4ドルまで下がりました。
原料が2割近く下がったのに、店頭価格は動きません。この差を埋めているものが何なのかを、この記事では数字で分解します。
結論から書きます。いまの日本には、解熱剤が2つ同時に入っています。ひとつはガソリン補助金、もうひとつは為替介入です。どちらも症状を止めているだけで、原因であるホルムズ海峡の状況は動いていません。
そして8月30日から、その原因のほうが再び動き始めました。
それでも私の投資行動は変わりません。積立も、配分も、そのままです。ただし見ておく数字は2つあります。最後にそれを書きます。
原油は17ドル動き、ガソリンは1.5円しか動きませんでした
まず、何が起きたかを数字で並べます。
WTI原油(ダブリューティーアイ原油)は、アメリカのテキサス州で採れる原油で、世界の原油価格の代表的な指標です。取引の単位は1バレルで、約159リットルにあたります。
下の表は、そのWTI原油の月平均価格と、同じ月のレギュラーガソリンの全国平均価格を並べたものです。原油はドル建てなので、比べやすいように1リットルあたりの円に換算した列も入れました。
| 月 | WTI原油 (月平均・ドル/バレル) | WTI原油 (円換算・円/リットル) | レギュラーガソリン 全国平均(円/リットル) |
|---|---|---|---|
| 4月 | 98.6 | 98.8 | 168.5 |
| 5月 | 99.1 | 98.7 | 169.4 |
| 6月 | 81.9 | 82.8 | 169.7 |
| 7月 | 79.4 | 81.2 | 170.0 |
| 8月 | 82.7 | 82.6 | 170.0 |
原油は5か月で17ドル動きました。円換算にすると、1リットルあたり約16円です。
同じ期間に、ガソリンの店頭価格は1.5円しか動いていません。
次のグラフは、この2つを同じ「円/リットル」の目盛りに載せたものです。上の線がガソリンの店頭価格、下の線が原油の仕入れ値にあたります。
差を埋めているのは補助金です
政府は3月19日から、燃料油価格の激変緩和措置を続けています。レギュラーガソリンの全国平均が170円を超えた分を、全額補助する仕組みです。
補助金は消費者が申請するものではありません。国が石油の元売り会社に直接支払い、卸売価格を下げることで店頭価格を抑えています。
この補助の単価は毎週見直されます。原油が上がれば補助が増え、下がれば減ります。
| 適用開始 | 支給単価(円/リットル) | 備考 |
|---|---|---|
| 3月19日 | 48.1 | 再開時。これまでの最高額です |
| 5月中旬 | 42円前後 | |
| 6月11日 | 27.0 | 原油の下落を反映しています |
| 8月6日 | 19.0 | 今回の局面での最低額です |
| 8月27日 | 32.5 | 2週連続で拡大しました |
| 9月3日 | 26.2 | 3週ぶりに縮小しました |
この数字の並びは、原油の山と谷をそのまま写しています。
店頭価格が動かない代わりに、補助金が動いています。看板の数字が静かなのは、値動きが消えたからではありません。値動きの引受先が、家計から国に移っただけです。
その付け替えには値段がついています。3月からの投入額は、累計で約1兆円です。8月末時点の基金の残高は、約1,300億円まで減りました。
そこで政府は9月1日、予備費から6,136億円を基金に積み増すことを閣議決定しました。予備費とは、使い道をあらかじめ決めずに確保しておく予算のことです。今回は中東情勢への対応として確保していた2兆5,000億円の枠から出しています。
経済産業省は、この積み増しで10月末までの必要経費をまかなえると説明しています。裏を返せば、11月以降はまた別の財源を探す話になります。
8月25日には、170円程度という目安を9月以降も維持する方針が示されました。7月に報じられていた「175円へ引き上げる」という見直し案は、事実上見送られています。
為替も、同じ構図です
7月23日、ドル円は1ドル163円99銭をつけました。1986年以来、およそ40年ぶりの円安水準です。
政府と日本銀行は7月30日に円買い介入を実施し、翌31日にはアメリカの財務省と足並みを揃えた協調介入を行いました。日米の協調介入は2011年以来、15年ぶりです。8月3日には一時155円台まで戻り、数営業日で約9円動きました。
その前にも大きな介入がありました。4月28日から5月27日までの円買い介入額は11兆7,349億円で、月次の公表としては過去最大です。ただしこのときは5月末に159円台で、効果は限られました。
9月4日のドル円は156円台です。4月と7月の介入で下げ止まった155円台が、市場では下値の目安として意識されています。
介入の「残弾」がどれだけあるのかは、別の記事で外貨準備を分母にして計算しました。結論だけ書くと、本当の制約は残高ではなくアメリカの同意でした。
ここで押さえておきたいのは1点だけです。補助金も介入も、原因には触れていません。
8月30日、原因のほうが動き始めました
ホルムズ海峡は、ペルシャ湾の出口にあたる細い海峡です。平時なら1日に130隻から140隻が通り、日量およそ2,000万バレルの原油と石油製品が運ばれます。
2月末の戦闘以降、この通航は激減しました。8月中旬の報道では1日7隻から13隻程度で、平時と比べて約9割減です。
日本は平時、原油の約94%を中東から輸入しています。5月の貿易統計では、中東からの原油輸入が前年比61.9%減となりました。
代わりの調達先を、日本は急いで広げています。アメリカ、中南米、アフリカ、そしてホルムズ海峡を通らないサウジアラビアの紅海側と、アラブ首長国連邦のオマーン湾側の港です。5月のアメリカ産原油のシェアは約12%で、3月の5%未満から急伸しました。石油の備蓄は約200日分を維持しています。
ここまでが8月中旬までの状況です。そして8月30日から、風向きが変わりました。
- 8月30日:アメリカ軍が、ホルムズ海峡に機雷を敷設する準備をしていたイランのロケット発射装置を攻撃しました。
- 8月31日夜:海峡を航行中の大型原油タンカー2隻が、飛来体の攻撃を受けました。2隻はサウジアラビア産の原油を、合計で約200万バレル積んでいました。
- 9月4日:バンス副大統領が、イランが商船への攻撃をやめない限り交渉には応じないと述べました。
原油はこの週に約10%上がりました。9月4日のWTIは91ドル台、北海ブレントは95ドル前後です。6週間ぶりの高値になります。
同じ週、アメリカからもう1つの数字が出ました。8月の非農業部門雇用者数が16.2万人増となり、市場予想の5.8万人を大きく上回りました。農業以外で働く人の増減を示す指標で、景気の強さを見るときの代表格です。
これを受けて長期金利は上昇し、米10年債利回りは4.7%台をつけています。9月15日から16日に開かれるFOMC(アメリカの金融政策を決める会合)での利上げは、7割近い確率で織り込まれました。
いま流通している、2つの見方
市場の解説は、おおむね2つに分かれています。
ひとつは「供給は確保されている」という見方です。日本は調達先を分散し、備蓄も厚くなっています。3月のような供給不安のパニックは起きにくい、という整理です。政府も7月の時点で、迂回調達が必要量を上回ったと説明しています。
もうひとつは「補助金と介入は原因に触れていない」という見方です。解熱剤は熱を下げますが、病気そのものは治しません。財源が続く限りは店頭価格が動かず、続かなくなったときに一気に動く、という指摘です。
どちらも、それぞれ正しいと考えられます。ただ、この2つを別々に読んでいると、いまの状況の危うさが見えません。
解熱剤が2つ、同時に入っています
私はこう整理しています。
ここまでは、上に挙げた2つ目の見方と同じです。違うのは、2つの解熱剤が互いの副作用を打ち消しあうのではなく、強めあう構造になっているという点です。
順番に追ってみます。
原油が上がると、補助金が増えます。補助金が増えると、財政が膨らみます。財政が膨らむと、長期金利が上がるか、円が売られます。円が売られると、円建ての原油コストが上がります。そして円建ての原油コストが上がると、補助金がまた増えます。
輪になっています。
介入は、この輪の一辺を一時的に押さえています。けれども輪そのものは回り続けています。
春との違いは、「熱」ではなく「体力」です
2月から4月にかけての第一波と、いま起きかけている第二波には、決定的な違いがあります。
第一波は、原油だけの熱でした。当時は利下げへの期待があり、株式にはクッションがありました。
第二波は、原油と金利が同時に来ます。アメリカは利上げの確率が7割近くまで上がり、日本の長期金利もすでに高い水準にあります。
過去に似た場面があります。2023年後半に米10年債利回りが4.7%を超えた局面では、株式全体が10%程度の調整に入りました。
供給の体力は、春より強くなりました。調達先は広がり、備蓄も残っています。
いっぽうで財務の体力は、春より弱くなっています。基金は1兆円を使い、金利は上がりました。
つまり「熱は同じでも、体力が違う」のがいまです。ガソリンの店頭価格と原油の供給量で見れば、春の再現は起きにくいと考えられます。株式と為替と金利で見れば、春より痛くなる可能性があります。この非対称を、私は見ておきたいと思っています。
どこが痛むかの、地図
原油と金利の両方に同時にさらされる業種と、片方だけの業種を分けて考えています。
| 区分 | 業種の例 |
|---|---|
| 両方にさらされる | 運輸(特に空運)、不動産(特に住宅)、家計向けサービス(外食・レジャー・旅行) |
| 燃料だけ | 化学、電力・ガス(時間差で家計に転嫁されます)、建設の民間建築 |
| 金利だけ | グロース株(将来の成長を先に織り込んだ株)、借入比率の高いREIT(不動産に投資する投資信託) |
| ショックから稼ぐ | タンカー海運、資源・商社、銀行・保険 |
| 素通りする | 企業向けIT、通信 |
念のため書いておきます。これは、どこを買うかの話ではありません。
自分が持っているインデックスファンド(市場全体にまとめて投資する商品)の中で、いまどこが痛んでいるのかを知っておくための地図です。中身を知らずに全体の下落だけを見ると、理由の分からない不安になります。
見たくないものを、見ておく
見たくないものを見ないのは、楽です。店頭価格は170円で、ドル円は156円です。どちらも「落ち着いている」ように見えます。
でも、落ち着いているのは症状であって、原因ではありません。
私がこれを見ておく理由は、逃げるためではありません。
原油が上がって、金利が上がって、株が10%下がったとします。そのときに、それが自分のポートフォリオの故障なのか、それとも買い場なのか。その場で判断できるようにしておくためです。
「絶望は買い」という言葉を私は使います。けれども絶望の中身を知らずに買うのは、ただの博打です。中身を知っていて買うのが、投資だと考えています。
為替の方向を当てる土俵には、私は上がりません。介入があってもなくても、私のドル建て資産は同じ枚数のままです。円安なら円建てで増え、円高なら円建てで減ります。それだけです。
円・ドル・金の配分は、こういう年のために組んであります。方向を当てにいかないと決めているので、当たらなくても困りません。
見る数字は2つ、動かすものは0
見る数字
1つ目は、補助金の支給単価です。
毎週水曜に資源エネルギー庁が公表します。9月3日からは26.2円です。
9月4日時点のWTIの水準がこのまま続くなら、次回の改定では35円前後まで戻る計算になります。原油が1バレルあたり8ドル上がると、1リットルあたりでは約8円になるからです。
3月の最高値である48.1円までは、まだ距離があります。ここを超えてきたら、財源の消耗ペースが春並みに戻ったサインだと私は見ます。
2つ目は、長期金利です。
日本の10年国債利回りと、アメリカの10年債利回りの2つを見ます。日本の9月の日銀会合と、9月15日から16日のFOMCが直近の山場です。
支給単価だけが上がるなら、耐えられます。長期金利だけが上がるなら、これも耐えられます。両方が同時に上がり始めたら、輪の外へ波及が始まっています。
見なくていい数字
- ドル円の日々の値動き:介入で作られたレンジの中を動いているだけです。
- 原油の日々の値動き:翌週の支給単価に反映されるので、そちらを見れば足ります。
動かすもの
ありません。
新NISAのインデックス積立は、そのまま続けます。買っているのは、eMAXIS Slim 米国株式(S&P500)と、eMAXIS Slim 全世界株式(通称オルカン)です。この2本の積立設定を変える理由は、この記事のどこにもありません。金の積立も、そのままです。
もしアメリカの株式が10%級の調整に入ったら、それは第二波が来たということです。そのときにやることは、逃げることではありません。買い付け余力を確認することです。
買い付け余力とは、いま口座に入っている現金のことだけを指すのではありません。下がったときに、迷わず注文を出せる状態になっているかという意味です。
口座が1つしかないと、その会社のシステムが混雑したときに手が止まります。大きく下げた日は、証券会社へのアクセスが集中します。私は複数の口座を開いたうえで、それぞれの役割を分けています。
下げた日に、手が止まらないように
どちらも新NISAに対応していて、口座の維持費はかかりません。いま慌てて動かす必要はありませんが、買い場が来てから開設を始めると間に合いません。開設には数日かかります。
まとめ
- 原油は5か月で17ドル動き、ガソリンは1.5円しか動きませんでした。差を埋めているのは補助金で、投入額は累計で約1兆円です。
- 為替も同じ構図です。介入で155円台に押し込めていますが、原因であるホルムズ海峡の状況は動いていません。
- 8月末に戦闘が再燃し、原油は6週間ぶりの高値に戻りました。春との違いは、今回は金利が同時に上がることです。
見る数字は、補助金の支給単価と長期金利の2つです。動かすものは0です。
見たくないものを見ておくのは、逃げるためではありません。その時が来たときに、迷わず買うためです。
あなたに合う記事から読んでみてください
- 介入の「残弾」が気になる方へ:日米協調介入の「残弾」は4発か33発か|外貨準備を分母で割ると答えが変わります
- 円安が止まらない理由を知りたい方へ:日銀が利上げしても、なぜ円安は止まらないのか
- 自分の積立と円安の関係を知りたい方へ:あなたのオルカン積立が、円安の燃料になっている
- ホルムズと日本の暮らしを知りたい方へ:ポテトチップスは白黒、S&P500は最高値——ホルムズ海峡が暴いた日米の差
- 金利のある世界に備えたい方へ:金利のある世界【政策金利1%は、まだ半分】
- 分散が効いたか確かめたい方へ:半導体株の暴落でも、S&P500は週−1.5%だった
- 資源・商社を検討している方へ:なぜ今、商社株なのか|それでも私は買わない理由
※本記事は制度と数字の解説を目的としており、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任のもとで行ってください。価格・利回り・制度の内容は執筆時点(2026年9月5日)のもので、変動します。
本記事は情報提供を目的としており、投資助言・勧誘を目的とするものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。
