「もっと下がったら買おうと思っていた」
お盆に実家へ帰ったとき、母がキオクシアの話をしました。3万円台まで下がってほしい、と待っていたそうです。
その3万円台は、もう来ていました。7月29日、終値3万8,380円。6月の高値から3分の1近くまで落ちた日です。
母は買っていませんでした。私は「詳しくないので分からない」としか答えられませんでした。
この記事では、待っていた価格が来たのに買えない理由を、株価データで分解します。あわせて、10月の株式分割で「3万円台」という数字の意味が変わることもお伝えします。キオクシアを題材にした3本目、そして最後の記事です。
結論:価格を待つ戦略は悪くありません。実行できないだけです
先に結論をお伝えします。「下がったら買う」という考え方そのものは、間違っていません。私も同じことをしています。
ただし、個別株(1社だけの株式)でこれをやろうとすると、3つの壁にぶつかります。
1つめ。価格が来る日は、必ず「買いたくない理由」とセットで来ます。3万8,380円がついた日は、2週間で2度目のストップ安(1日の値下がり幅の上限まで売られること)の直後でした。
2つめ。10月から「3万円台」の意味が変わります。キオクシアは1株を3株に分ける株式分割を予定しています。分割後の3万円台は、いまの9万円台から12万円台に相当します。
3つめ。割安かどうかを示すPERは、どの期間の利益で計算したかで7倍にも51倍にも見えます。同じ会社、同じ株価でもです。
だから私は、絶望を買うならインデックス(市場全体に分散する投資信託)で買います。個別株の絶望は見送ります。その理由を、以下で数字にしていきます。
三部作の位置づけと、7月に起きたこと
キオクシアについて書くのは、これで3本目です。
1本目は売らされた側の話でした。暴落で売るのは意志ではなく構造だ、という内容です。
2本目は乗らなかった側の話でした。半年で10倍になった祭りに、私が参加しなかった理由を書いています。
そして今回が3本目、買えなかった側の話です。
7月に何が起きていたか
キオクシアホールディングス(記憶用半導体NANDフラッシュメモリの世界大手。旧東芝メモリで、2024年12月に上場)の株価は、6月から8月にかけて激しく動きました。
| 日付 | 終値 | その日に起きたこと |
|---|---|---|
| 6月22日 | 10万8,700円 | 終値ベースの最高値 |
| 7月8〜9日 | 7万1,870円 | 大株主だったベイン・キャピタルの全株売却が判明 |
| 7月17日 | 5万2,110円 | ストップ安(1日で1万円安) |
| 7月28日 | 4万4,550円 | 再びストップ安(また1万円安) |
| 7月29日 | 3万8,380円 | 終値ベースの安値。高値から約65%下落 |
| 7月31日 | 4万6,500円 | 大引け後に決算発表。株式分割と自社株買いも同時発表 |
| 8月14日 | 5万3,740円 | 執筆時点の終値 |
ベイン・キャピタル(米国の大手投資ファンド。2018年に東芝からこの事業を買い取った実質的なオーナー)は、売却で約2兆5,000億円の利益を得たと報じられました。国内の同種案件では過去最大です。
7月28日の急落は、前日の米国市場で半導体株が総崩れになったことがきっかけでした。中国勢の技術開発への警戒も重なっています。
「シグナルは出ていた」は本当か。母の教えで検算しました
私に「個別株はRCIが大事だ」と教えたのは、母です。
母は個別株で結果を出している人で、私が銘柄の話を聞く側です。だから今回、その教えどおりに計算してみました。
RCI(Rank Correlation Index、順位相関指数)とは、日付の順位と株価の順位がどれだけ揃っているかを見る指標です。プラス80以上で「買われ過ぎ」、マイナス80以下で「売られ過ぎ」とされます。この記事では14日間で計算しています。
結果はこうでした。
シグナルは出ていました。それでも買えません
母の教えは正しかったと考えられます。実際、天井でも底でもRCIは振り切れていました。
7月29日の底で、RCIはマイナス89.0。売られ過ぎの水準です。
ただ、もっと大事な発見がありました。この指標は「行き過ぎ」を教えますが、「反転する日」は教えません。
5月13日、RCIは期間中で最高のプラス98.2をつけました。買われ過ぎの極みです。ところが株価はそこから2.15倍になりました。
逆もありました。7月8日、RCIはマイナス96.0まで落ちています。売られ過ぎの極みです。それでも株価はそこからさらに47%下がりました。
つまり、シグナルを見ていれば買えたわけでもありません。7月8日に「売られ過ぎだから」と買った人は、そのあと資産が半分近くになる時間を過ごしています。
底の3万8,380円は、後から見れば底です。しかしその日のRCIはマイナス89で、前後の日と大差ありません。底は、底にいる間は底に見えないのです。
もうひとつの壁。10月から「3万円台」の意味が変わります
キオクシアは7月31日、株式分割を発表しました。
株式分割とは、1株を複数の株に分ける手続きです。今回は1株が3株になります。株数が3倍になる分、株価は理論上3分の1になります。資産の価値そのものは変わりません。
スケジュールは決まっています。
| 日付 | 内容 |
|---|---|
| 9月28日(月) | 分割前の株価で買える最終日(権利付最終日) |
| 9月29日(火) | この日から株価の表示が3分の1になります |
| 9月30日(水) | 分割の基準日 |
| 10月1日(木) | 分割の効力発生日 |
同じ「3万円台」が、天井の値段に変わります
ここが今回いちばんお伝えしたい点です。
分割後の3万円台は、分割前でいえば9万円から12万円にあたります。6月の最高値10万8,700円は、この範囲のど真ん中です。
つまり10月以降、画面に「3万8,000円」と表示されていても、それは7月の底値ではありません。6月の天井とほぼ同じ水準を意味します。
「3万円台まで下がったら買う」と決めていた人が、そのまま10月を迎えたらどうなるでしょうか。数字だけを見て買うと、実質的には高値圏で買うことになります。
指値(希望する値段を指定して出す注文)は、金額そのものではなく、会社全体の値段で考える必要があります。
PERは、どの期間の利益で割ったかで7倍にも51倍にもなります
もうひとつ、待っている人がつまずきやすい数字の話をします。
PER(株価収益率)とは、株価が1株あたり利益の何倍になっているかを示す指標です。低いほど割安とされます。PBR(株価純資産倍率)は、株価が1株あたり純資産の何倍かを示します。
2026年8月14日時点のキオクシアは、こう表示されています。
| 指標 | 数値 | 読み方 |
|---|---|---|
| PER(実績) | 約51倍 | 前期(2026年3月期)の利益で計算した数字です |
| PER(今期の稼ぐ力で計算) | 約7倍 | 上期の利益ペースが1年続いた場合の筆者試算です |
| PBR | 約11.9倍 | 2025年以降のレンジ上限(約9.5倍)を超えています |
| ROE | 約39.6% | 自己資本に対する利益の割合。極めて高い水準です |
なぜ7倍と51倍が同居できるのでしょうか
計算の中身を開きます。
前期(2026年3月期)の純利益は5,544億円でした。営業利益は8,704億円で、8年ぶりに過去最高を更新しています。この実績で割ると、PERは約51倍です。
一方、今期はまるで違う会社のような数字が出ています。4〜6月期の純利益が8,421億円。前年同期の約46倍です。続く7〜9月期は、会社側が1兆2,700億円を見込んでいます。
上期だけで合計2兆1,121億円になる計算です。仮にこのペースが1年続けば年4.2兆円。時価総額(会社全体の値段)は約29兆円ですから、PERは約7倍まで下がります。
ここにシクリカル(景気循環株。業績が好況と不況で大きく振れる会社)の罠があります。
シクリカルのPERは、利益が最も大きいとき、つまり天井付近でいちばん安く見えます。利益が3倍になれば、PERは3分の1に見えるからです。
そして「このペースが1年続くか」は、誰にも分かりません。会社自身も通期の業績予想を出していません。
PBRが11.9倍という水準も、この見方を裏づけます。利益で見れば割安に見えるのに、資産で見れば過去のレンジ上限を超えています。どちらが正しいかではなく、時点の違う写真を並べているだけと考えられます。
財務は「良い」のではなく「治療中」です
数字の話をもう一段だけ深掘りします。決算短信から、財務の変化を拾いました。
借金は3か月で1兆2,532億円から8,378億円へ減りました。この四半期だけで長期借入金を4,332億円返しています。
手元の現金は4,707億円から7,910億円へ増えました。自己資本比率(総資産のうち返さなくてよいお金の割合)は37.9%から50.8%へ改善しています。
ただ、これを「財務が強い会社」と読むのは早いと考えられます。いまの巨額の利益が、財務を治療している最中という状態です。
1年ちょっと前の2025年3月末、この会社の手元現金は1,679億円しかありませんでした。改善の速度は、そのままメモリ市況の強さに依存しています。市況が反転すれば、治療のスピードも落ちます。
ちなみに、これだけの利益を出しながら配当は今期も0円(無配)です。利益は借金の返済と自社株買いに向かっています。
自社株買いは最大8,000億円。発行済み株式の5.5%にあたる3,000万株が上限です。期間は8月3日から10月30日までとされています。
私が個別株の絶望を買わない理由
ここまでの数字を踏まえて、私自身の判断を書きます。
私はキオクシアを保有していません。7月29日も、株価を眺めていただけです。指値も置いていません。
「上がり過ぎたものは落ちる」「イナゴタワーが完成した」というのが、当時の私の率直な印象でした。イナゴタワーとは、短期の資金が集中して急騰し、その後に急落する形のことです。
「絶望は買い」には条件があります
私は下落を怖がりません。むしろ暴落のときほど冷静になります。コロナショックのときも、VOO(米国S&P500に連動するETF)を買い増しました。
ただ、あのとき買えた理由をよく考えると、相手がS&P500だったからです。米国の主要500社をまとめて持つ商品なので、「この国の経済が消える」と考えない限り、いつか戻ると判断できました。
個別のメモリ株は違います。下がった理由に、大株主の売却という需給の話と、業績サイクルの話が絡み合っています。その底が「バーゲン」なのか「正しい値段」なのか、個人には判別できません。
| 項目 | 私(投資歴18年)の実際 | 読者のかたへの検討材料 |
|---|---|---|
| キオクシア株 | 保有していません。指値も置いていません | 買う買わないは各自の判断です。この記事は推奨ではありません |
| 暴落時に買うもの | VOO(米ドル建てETF)を買い増してきました | 円建ての投資信託(eMAXIS Slim全世界株式など)で同じ考え方が実行できます |
| 個別株 | 経験はありますが、いまの主軸ではありません | 指数に投資していれば、話題の会社にも間接的に投資できています |
2本目の記事で私は「祭りには乗らない」と書きました。今回はその裏側です。絶望にも、個別では乗りません。
そして、これはうまく避けた自慢ではありません。私は7月に「ここから下がるとは言っていない」と書きました。その2日後に底が来ています。当てられなかったという意味では、私も同じ側にいます。
母が買えなかったことが、いちばんの証拠です
お盆の食卓に戻ります。
RCIの大切さを私に教えたのは母でした。個別株で結果を出してきた人です。その母が「3万円台まで下がってほしい」と言いました。
価格は来ていました。シグナルも出ていました。それでも買えていません。
これは知識や経験の不足ではないと考えられます。2日連続に近いストップ安の直後、大株主が全部売った後、半導体が総崩れの最中。その日に買い注文を入れられる人は、ほとんどいません。
私はその場で「詳しくないので分からない」と答えました。銘柄の見立てを語れるほど、この会社を調べていなかったからです。
待つ戦略を機能させる3つの条件
では、待つ戦略を実際に機能させるには何が必要でしょうか。私が自分に課している条件は3つです。
条件1:下落の理由を自分の言葉で説明できること。「なんとなく暴落している」では、その日に手が動きません。今回でいえば、大株主の売却なのか、市況の悪化なのか、業績の悪化なのかを分けて言えるかどうかです。
条件2:その理由が解消できるものか判定できること。需給の悪化(誰かが大量に売った)はいずれ消えます。構造的な競争力の低下は、簡単には消えません。この判定ができないなら、個別株ではなく指数を買うほうが理にかなっています。
条件3:投資資金が生活費と分かれていること。生活費と同じ財布で投資していると、急な出費が「追証」のように働き、下がった株を売る羽目になります。この構造については1本目の記事で詳しく書きました。
そして今回は、4つめの実務が加わります。分割をまたぐ指値注文の扱いは、証券会社によって異なります。自動で訂正されるのか、失効するのかは、ご自身の口座で必ず確認してください。9月29日をまたぐ注文を出している場合は特に注意が必要です。
よくある疑問
株式分割があると株価は上がりやすいのでしょうか
分割そのものは、会社の価値を1円も増やしません。ケーキを3等分しても、ケーキの大きさは変わらないのと同じです。
ただし、1株あたりの金額が下がることで買いやすくなり、買い手が増える面はあります。実際、決算の見通しが市場予想に届かなかった8月3日も、株価は一時12%近く上昇しました。分割と自社株買いが評価されたと報じられています。
円高になったら、この会社の株はどうなりますか
為替の影響は輸出企業に共通する論点ですが、この記事では扱いません。為替と政府の対応については、協調介入の「残弾」を数えた記事で別途整理しています。
インデックス投資をしていれば、キオクシアには投資できないのでしょうか
そんなことはありません。全世界株式の指数にはこの会社も含まれています。オルカン(eMAXIS Slim全世界株式)を積み立てている人は、すでに株主です。
個別に飛び乗らなくても、流れには乗っています。この点は2本目の記事でも触れました。
まとめ
キオクシアを題材にした3本の記事は、これで完結です。
- 待っていた価格は来ます。ただし必ず「買いたくない理由」とセットで来ます。3万8,380円の日は、2度目のストップ安の直後でした。
- RCIのような指標は「行き過ぎ」を教えますが、「反転の日」は教えません。プラス98の後に株価は2.15倍になり、マイナス96の後にさらに47%下がりました。
- 10月からは同じ「3万円台」が、6月の天井とほぼ同じ水準を指すようになります。指値は金額ではなく、会社全体の値段で考える必要があります。
まずは、ご自分が「下がったら買う」と決めている銘柄について、その理由を紙に1行で書いてみてください。書けなければ、その日は手が動きません。書けないなら、指数を買うほうが実行できます。
価格を待つのは悪くありません。悪いのは、価格だけを見て、その日に何が起きているかを見ないことです。私は絶望を買います。ただし、潰れないと信じられるものだけを買います。
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※本記事は情報提供を目的としており、特定の金融商品への投資を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任のもとで行ってください。
※記載の株価・指標は2026年8月14日時点のものです。株価データはYahoo Finance、財務データは2027年3月期第1四半期決算短信に基づき、RCIは終値をもとに筆者が計算しています。
本記事は情報提供を目的としており、投資助言・勧誘を目的とするものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。
