老後のお金が心配で、給料の一部をずっと投資に回している。
でも、このまま定年まで同じことを続けるのか——そう考えたことはないでしょうか。
その悩みに答える形で広まったのがコーストFIREという考え方です。
老後資金の種銭だけを先に作り切ってしまい、達成したら老後向けの貯蓄をやめる。
仕事は続けるので、以後の給料は使ってよい、という設計です。
ただ、私はこの呼び名に違和感を覚えました。
この記事では、コーストFIREをFIREと呼べるのかどうかを検品します。
そのうえで、設計思想としては正しいと考える理由と、私自身が実際に変えた行動まで書きました。
コーストFIREは、FIREではありません
結論から書きます。
コーストFIREは、FIREではありません。
FIREは Financial Independence, Retire Early(経済的自立と早期リタイア)の頭文字です。
最初のFIが経済的自立、REが早期リタイアを指します。
コーストFIREを達成した人は、働くのをやめられません。
生活費は給料で賄い続ける必要があるからです。
つまりFI(経済的自立)が満たされていません。
FIが無いのに、FIREという看板を掲げている。
ここが、私が引っかかった点です。
ただし、話はここで終わりません。
呼び名は正確でなくても、設計思想そのものは正しいと考えています。
今の生活を犠牲にしすぎず、将来の不安だけを先に消す。
この順番の付け方には、はっきりした合理性があります。
その理由は、記事の後半に書きました。
コーストFIREとは何か——FIRE5種類を1つずつ定義します
FIREには複数の型があります。
言葉だけが先に流通していて、中身がはっきりしないまま使われがちです。
まず全部を1文ずつ定義します。
| 名称 | 中身 | 働くか |
|---|---|---|
| ファットFIRE | 今の生活水準を落とさずに完全リタイアする型です。必要な資産はいちばん多くなります。 | 働きません |
| リーンFIRE | 生活費を切り詰めて、少ない資産でリタイアする型です。 | 働きません |
| サイドFIRE | 最低限の生活費を資産からの収入で賄い、ぜいたく費だけを働いて稼ぐ型です。 | 一部働きます |
| バリスタFIRE | パートやアルバイトで働き、社会保険などの福利厚生を得ながら資産で補う型です。 | 一部働きます |
| コーストFIRE | 老後資金の種銭を先に作り切り、以後は老後向けの貯蓄をやめる型です。生活費は働いて稼ぎます。 | 今までどおり働きます |
表を見ると、コーストFIREだけ性質が違うことが分かります。
働く量が1ミリも減っていません。
コーストFIREを広めた記事は、こう書いています
この考え方を広めた記事のひとつが、Business Insiderに載ったケヴィン・パニッチ氏の文章です。
Business Insiderは米国発の経済メディアで、日本語版も出ています。
要約すると、こういう話です。
パニッチ氏はもともとFIREに興味がありませんでした。
生活を切り詰める期間が長すぎると感じたからです。
ところがコーストFIREを知って、考えが変わったと書いています。
先に種銭を作ってしまえば、あとは運用に任せて「惰性で進む(coast)」だけで済む。
記事で挙げられている例は、30歳で20万ドルあれば、年5%で65歳に約110万ドルになるというものです。
出典:Business Insider Japan「FIREをあきらめていた私が、『コーストFIRE』を知って考えが180度変わった話」(ケヴィン・パニッチ氏/原文2023年)
800万円が20年で3,231万円になる——ただし「年7%」の話です
日本円で計算してみます。
条件は60歳の時点で3,000万円を持っていること、としました。
この3,000万円という数字には根拠があります。
年金などを差し引いた年間の不足額が120万円で、その25倍という計算です。
25倍の理由は積立投資の卒業ラインの記事に書きました。
40歳で800万円を持っていて、そこから一切追加しない。
年7%で20年運用すると、32,309,911円になります。
目標の3,000万円を超えました。
40歳で800万円あれば、そこで積立をやめてよい、という結論になります。
数字を出したのはアセットマネジメントOneの「資産運用かんたんシミュレーション」です。
運用会社が無料で公開している計算ツールで、誰でも同じ数字を再現できます。
年5%だと、同じ800万円では届きません
ここからが本題です。
この結論は「年7%」という前提が支えています。
年7%は、米国株の過去の実績に寄せた強気の条件です。
未来を保証する数字ではありません。
円で暮らす私たちの場合、為替の動きでさらに上下します。
では、年5%で計算し直すとどうなるか。
このグラフは、800万円を20年間置いておいたときの増え方を、年7%と年5%で比べたものです。
年5%だと約2,170万円にしかなりません。
目標の3,000万円には、830万円ほど足りない計算です。
必要な種銭が、1.5倍に変わります
見方を変えると、もっとはっきりします。
「60歳で3,000万円」に20年で届くために、40歳の時点でいくら要るのか。
| 想定利回り | 40歳で必要な種銭 | 800万円だと3,000万円まで |
|---|---|---|
| 年7% | 約742万円 | 約18.9年(60歳前に到達) |
| 年5% | 約1,106万円 | 約26.5年(66歳を過ぎます) |
前提を7%から5%に変えただけで、必要な種銭が約1.5倍になります。
到達する年齢も、7年半ほど後ろにずれました。
コーストFIREを勧める記事は、たいてい7%前後で計算しています。
その数字が悪いわけではありません。
ただ、結論を支えているのが前提のほうだという構図は、知っておくべきです。
支持される4つの理由と、それでも残る違和感
まず、支持される4つの理由を並べます
ここまで厳しく書きましたが、コーストFIREには支持される理由があります。
一般に挙げられるのは次の4つです。
1つめは、柔軟であることです。
貯蓄に回していた分が浮くので、家計のやりくりが楽になります。
給料が下がる転職も選べるようになります。
2つめは、今の犠牲が少ないことです。
通常のFIREは、達成まで何年も生活を切り詰めます。
コーストFIREは種銭を作り切った時点で、その我慢が終わります。
3つめは、安心感です。
働き続けるので収入は途切れません。
急な出費があっても、老後資金の計画には手を付けずに済みます。
4つめは、目標が立てやすいことです。
「何歳までにいくら」を決めて、そこに集中するだけです。
ゴールが1つの数字なので、迷いにくくなります。
この4つは、どれも本当のことです。
とくに2つめは、FIRE全体が抱える弱点への解答になっています。
それでも呼び名に納得しないのは、出口が1つしか開かないからです
では、なぜ私は呼び名に納得しないのか。
私が使っている物差しは出口の自由度です。
やめたいときにやめられるか。
売りたいときに売れるか。
この記事に限らず、私はいつもここを見ています。
その物差しで、コーストFIREで手に入るものを整理します。
この図は、コーストFIREで開く出口と、開かない出口を並べたものです。
開くのは貯蓄からの出口です。
これは確かに手に入ります。価値もあります。
開かないのは労働からの出口です。
生活費を稼ぐ必要は、1円も減っていません。
比べるなら、サイドFIREのほうが構造として筋が通っています。
最低限の生活費を資産からの収入で賄うので、労働からの出口が部分的に開いています。
働く量を減らせる、という意味でFIに一歩近づいた形です。
もう一度書きます。
名前が正確でないことと、設計が悪いことは別です。
私が問題にしているのは呼び名だけです。
貯める力と使う力は、別の能力です
では、設計思想のどこが正しいのか。
ここで『DIE WITH ZERO』という本の話をします。
著者のビル・パーキンス氏は、米国でファンドを率いる投資家です。
本の主張をひとことで言うと、「お金を残して死ぬのは、使い損ねたのと同じ」という問題提起になります。
この本が指摘しているのは、貯める力と使う力は別の能力だということです。
使う力とは、お金から価値をうまく引き出す力を指します。
貯めるのが上手な人が、使うのも上手とは限りません。
むしろ、貯める訓練を何十年も続けた人ほど、使うのが下手になりがちです。
アパホテル社長の貯金は、50万〜60万円でした
使う力の極端な例として、よく引かれる人がいます。
アパホテルを展開するアパグループの社長、元谷芙美子氏です。
元谷氏はテレビ番組で、自身の貯金額を50万〜60万円くらいと明かしています。
「宵越しの金は持たない」と語り、稼いだお金は使い切る方針だといいます。
きっかけは夫との会話だったそうです。
「老後が心配だから貯金したい」と話したところ、こう返されたと語っています。
「バカ言うんじゃない、いまが老後や」
別の取材では「人生の最後は財布に五円玉1枚だけが理想」とも語っています。
子どもへの財産分与はすでに済ませているとのことです。
この話を真似する必要はありません。
資産規模がまったく違いますし、財産分与を終えている前提もあります。
ただ、問いは同じだと考えています。
超のつく資産家も、普通に働いている私たちも、向き合っているのは2つだけです。
いかに充実した今を生きるか。いかに未来の自分にツケを残さないか。
理想は「たくさん稼ぎ、たくさん貯めて、たくさん使う」ことではないでしょうか。
学ぶべきは金額ではなく、今と未来のバランスを取るという姿勢のほうです。
コーストFIREの設計思想は、まさにここに当たります。
未来へ送るお金に上限を決めて、残りは今の自分に使う。
呼び名はともかく、この順番の付け方は正しいと考えています。
私はコーストFIREには行きません——でも配当は使うことにしました
ここからは私自身の話です。
結論を書くと、私はコーストFIREには行きません。
理由は単純で、まだ目標額に全然届いていないからです。
種銭を作り切った状態には、まだ遠いところにいます。
ただ、この考え方を知って、変えたことがあります。
全然使えないのも、生活に張りがありません
ずっと積み立てるだけ、という状態を続けていました。
増えていく数字は見えるのに、そのお金は1円も生活に届きません。
正直に書くと、全然使えないのも困りますし、生活に張りがありません。
何のために増やしているのか、実感が持てなくなってきます。
それで、ひとつだけ決めました。
VOOの配当だけは使うことにしたのです。
VOO(バンガード・S&P500 ETF)は、私が中核として持っている米国の上場投資信託です。
年4回、ドルで配当が入ります。
元本には手を付けません。積立もやめません。
入ってきた配当だけを円に換えて、使うことにしました。
実際にやってみた記録は、配当のお小遣いは1株から作れますのほうに書きました。
金額としては大したことはありません。
それでも、「増やすためのお金」の一部が「使うためのお金」に変わった感覚は、はっきりありました。
これはコーストFIREではありません。
種銭を作り切ってもいませんし、積立もやめていません。
ただ、未来へ送る量に上限を作るという発想だけを、部分的に借りた形になります。
私の立ち位置と、読者のとるべき行動は違います
| 項目 | 私(投資歴18年) | 読者のみなさん |
|---|---|---|
| コーストFIRE | 行きません。まだ全然届いていません | 自分の位置を測る物差しとして使えます |
| 積立 | 続けます。目標額に達していないためです | 卒業ラインに届いたら、やめて構いません |
| 中核の商品 | VOO・QQQ(米ドル建てETF) | 円建ての投信で十分です(下記) |
| 配当の扱い | 使います。生活に張りを持たせるためです | 種銭作りの段階なら再投資が有利です |
種銭の作り方と、達成後も残る宿題
最後に実践の話です。
預金では、種銭は増えません
コーストFIREの前提は、種銭が放っておいても増えることです。
預金の利息では、この前提が成り立ちません。
使う道具は、低コストのインデックスファンドになります。
インデックスファンドとは、S&P500などの指数にまとめて連動する投資信託のことです。
具体的には、この2本が候補になります。
- eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)、通称オルカン——信託報酬 年0.05250%です。世界中の株にまとめて投資します。
- eMAXIS Slim 米国株式(S&P500)、通称スリムS&P500——信託報酬 年0.0814%です。米国に集中します。
迷うならオルカンを、というのが私の立場です。
理由は分散とコスト、それに運用の中身にあります。
種銭を作る口座を、まだ持っていない方へ
私のメイン口座はSBI証券で、その考えは今も変わりません。
ただ、新NISAのつみたて投資枠で積むだけなら話は別です。
オルカンもスリムS&P500も、大手のネット証券ならどこでも買えます。
そのうえで選ぶなら、米国株や単元未満株にも手を伸ばしたいならマネックス証券。
はじめてで相談窓口が欲しいなら松井証券が向いています。
※私が使っているから皆さんも、という意味ではありません。用途で選んでください。
種銭を作り切っても、宿題は残ります
コーストFIREを達成すると、老後の心配が全部消えるように聞こえます。
実際には、決めることがまだ残っています。
| 残る宿題 | どこで答えを出すか |
|---|---|
| どのファンドを買うか | 新NISAの投信、結局どれ? |
| NISAとiDeCoをどう使い分けるか | 私はiDeCoに加入しません(私の判断と理由です) |
| 公的年金が月いくらもらえるか | ねんきんネットで自分の見込み額を確認します |
| 繰下げ・繰上げで金額はどう変わるか | 終身年金を増やす5つの選択肢 |
| いくらで積立をやめてよいか | 積立投資の卒業ライン |
年金について、私は「当てにしない」という立場です。
配られる前提で人生を組まない、という意味です。
ただし「当てにしない」と「測らない」は違います。
不足額を出すには、もらえる見込み額を知る必要があります。
ねんきんネットで一度確認してみてください。
この記事と「卒業ライン」の記事は、役割が違います
混乱しないように、書き分けておきます。
卒業ラインの記事は、いくらで積立をやめてよいかを計算する記事です。
やめたあと、取り崩しに向かう人を想定しています。
この記事は、やめたあとも働き続ける人の話です。
卒業ラインの記事で書いた「積立終了日と取り崩し開始日は別」という考え方があります。
コーストFIREは、そのあいだの期間を人生の設計として生きるやり方だと言えます。
ここまでの内容は、動画にもまとめました。
5つの章に分けて、13分24秒です。
手が離せないときは、音声だけでも分かるように話しています。
まとめ:呼び名は借りなくていい、考え方だけ借りればいい
- コーストFIREはFIREではありません。FI(経済的自立)を満たしていないからです。手に入るのは貯蓄からの出口だけで、労働からの出口は開きません。
- 「800万円で3,231万円」という計算は、年7%という前提が支えています。年5%だと必要な種銭は約1.5倍の1,106万円になります。
- それでも設計思想は正しいと考えます。未来へ送るお金に上限を決めて、残りを今に使うという順番だからです。
まずは、自分の目標額を1回だけ計算してみてください。
年間の不足額に25倍を掛けるだけで、5分もかかりません。
私はコーストFIREには行きません。
それでも、この言葉を知ったことで配当を使うようになりました。
看板ごと真似する必要はありません。使える部分だけ持ち帰れば十分です。
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※本記事は情報提供を目的としており、特定の金融商品への投資を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任のもとで行ってください。
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