イラン戦争が、単なる中東の地域紛争を超えて、戦後80年にわたって維持されてきたドル中心の国際金融秩序そのものを揺るがす事態に発展しています。Bloomberg Odd LotsのエコノミストBrad Setserが2026年4月16日に発した「Perhaps Iran will have a tollbooth at the Strait of Hormuz(イランがホルムズ海峡で通行税を徴収する可能性がある)」という言葉は、単なる比喩ではありませんでした。現実のものとなったホルムズ海峡の「通行税システム」は、石油決済をドルで行うというペトロダラー体制の根幹に直撃弾を打ち込んでいます。
本記事では、なぜこの出来事がドル覇権にとって構造的な脅威なのかを、3つの理由に整理したうえで、具体的なデータと市場への波及効果を解説します。
結論:ホルムズ海峡の「通行税」はドル覇権解体の引き金になりえる
世界の石油・天然ガスの約5分の1が通過するホルムズ海峡で、イラン革命防衛隊(IRGC)が通行税システムを制度化しました。1隻あたり最大200万ドルの通行料、原油1バレルあたり1ドルを起点とした交渉、そして少なくとも2隻による人民元での支払い実績——これらは「有事の偶発事象」ではなく、ドルを迂回する新しい決済秩序の萌芽です。
Setserはこの状況に対し、「ドルが頂点に立つ既存の金融世界秩序への新たな疑問が提起されている(fresh questions are being raised about the existing financial world order, upon the top of which the US dollar sits)」と警告しました。以下、その構造的理由を3点に分解します。
理由①:石油決済の人民元シフトが「ペトロダラー」の根幹を侵食する
1974年にキッシンジャーが設計したペトロダラー体制の本質は、「石油はドルで買う」という暗黙の国際合意でした。世界の石油取引の約80%が現在もドル建てで決済されていますが、その前提が今回の通行税システムで崩れ始めています。
イラン議会は「財務上の手配とリアル(イラン通貨)による通行料システム」を「イランの主権的役割の履行」として正式に承認。さらにイラン政府は通行料を仮想通貨で徴収する方針も示しています。2026年4月13日から25日にかけてIRGCの審査を経て通過した26隻のうち、少なくとも2隻が人民元で支払いを完了したことは、象徴的な先例となりました。
Bloomberg Japanが報じたように、2026年4月11日には50年続いたペトロダラー制の「暗黙の取り決め」の終了という見方も浮上しています。IMFデータによれば、ドルの外貨準備シェアはすでに2001年の71%から2024年第4四半期の59%に低下しており、今回の動きはこのトレンドを加速させる可能性があります。
理由②:エネルギー物流の混乱が金融市場に連鎖的ダメージを与えている
通行税システムの制度化と並行して、エネルギー物流は深刻な打撃を受けています。イランはこれまでに約16隻の船舶を攻撃。船主たちはホルムズ海峡を避けるようになり、戦争保険料は紛争前の船舶価値の0.15〜0.25%から2.5〜7.5%へと最大30倍に急騰しました。
エネルギー価格への影響も甚大です。3月下旬の原油価格は一時1バレルあたり107ドルを突破。ブレント原油の週間最高値は119.50ドルを記録し、IEAは4億バレルの石油備蓄放出を余儀なくされました。金融市場では、バンガード・エネルギーETF(VDE)の年初来上昇率が約30%に達する一方、現金類似ETFへの流入は2025年に1,000億ドルを超え、2026年はさらに上回る見込みです。リスク回避資産への急激なシフトは、投資家心理の根本的な変化を示しています。
理由③:米国の対抗措置が同盟国の亀裂を深め、ドルの信認基盤を弱体化させている
トランプ政権は2026年4月13日(米国東部標準時午前10時)、イランの港湾に出入りする全船舶およびイランに通行料を支払った船舶を対象とした封鎖措置を発動。CENTCOMに対し「違法な通行料を支払った船舶を臨検・拿捕する」よう指示しました。
しかしこの強硬措置に対し、英国のキア・スターマー首相政府は「イギリスは米国のホルムズ海峡封鎖には参加しない」と即座に公式表明。主要同盟国が米国の行動から距離を置くという事態は、ドルの信認を支えてきた「同盟による安全保障ネットワーク」そのものの亀裂を意味します。J.P. Morganによれば、新興国の外貨準備に占める金の比率は10年前の4%から現在9%に倍増しており、金価格は2026年半ばまでに4,000ドル/オンスへの到達が予測されています。ドルへの信頼低下が金需要を直接押し上げるという構造が、データにも明確に現れています。
まとめ:「地政学リスク」ではなく「金融秩序リスク」として認識すること
ホルムズ海峡の通行税問題を「中東の地域紛争のコスト」として捉えることは、リスクの本質を見誤ります。石油決済の人民元化、同盟国の離反、ドルの外貨準備シェアの低下——これらは個別の事象ではなく、戦後国際金融秩序の根幹を揺るがす構造的変化の連鎖です。
Brad Setserの警告が示すように、ドルが頂点に立つ金融世界秩序への疑問は、もはやアカデミックな議論の域を超えています。エネルギーETFへの資金集中、現金回帰の加速、金価格の上昇——市場はすでにこのシナリオを部分的に織り込み始めています。投資家としては、「地政学リスク」という言葉で片付けるのではなく、「金融秩序リスク」として自身のポートフォリオを点検する局面にあると言えます。
本記事の客観的な全体像に対し、筆者の個人的な視点と率直な所感はnoteに書いています。数値や構造だけでは伝えきれない「この事態をどう受け止めるか」について、あわせてお読みいただければ幸いです。


