2027年からスタートする「こどもNISA」をめぐり、制度の詳細が次々と明らかになっています。メディアの報道は「概要説明と要望の羅列」で終わりがちですが、本記事ではより本質的な問い——「誰が得をして、誰が置き去りにされるのか」——を軸に、制度の構造を冷静に読み解いていきます。
こどもNISAの基本スペック:まず事実を整理する
こどもNISA(正式名称:こども支援NISA)は、2027年1月から開始予定の0歳〜17歳を対象とした非課税投資制度です。年間60万円、非課税保有限度額600万円、無期限の非課税期間という特徴を持ち、12歳以降は子どもの同意を得て引き出しが可能になります。2025年12月19日に発表された「令和8年度税制改正大綱」で正式に決定されました。
利用できるのは投資信託の「つみたて投資枠」に限定されます。引き出しは原則として12歳以降となり、子どもの同意を得た場合のみ、親権者等による引き出しが可能です。また、子どもの年齢が18歳に達した際、年間投資枠等については、18歳以上向けの制度に移行する仕組みとなります。
廃止された「ジュニアNISA」と比較すると、制度設計は大きく変わっています。
| 項目 | ジュニアNISA(廃止) | こどもNISA(2027年〜) |
|---|---|---|
| 年間投資上限 | 80万円 | 60万円 |
| 非課税保有限度額 | 上限なし(期間5年) | 600万円(無期限) |
| 引き出し可能年齢 | 原則18歳まで不可 | 12歳以降(子の同意必要) |
| 対象商品 | 株式・投資信託など幅広く | つみたて投資枠に限定 |
| 18歳以降 | 手続き要 | 成人NISAへ自動移行 |
政府の目標である3,400万口座を達成するためには、口座開設率の低い若年層や高齢者層への普及がカギとなっていました。18歳未満にも解禁することで、親や祖父母の資金を引き込み、新たに若年層の口座開設を促すことが、今回の措置の狙いにあると指摘されています。
「見送り」や「要望」をどう読むか——制度論の死角
① 毎月分配型の「見送り」は正しい判断である
一部のメディア報道では、「需要があるのに毎月分配型がNISAに採用されなかった」と惜しむ論調が見られます。しかし筆者の考えでは、この見送りは制度設計として妥当な判断ではないでしょうか。
毎月分配型・隔月分配型の投資信託は、元本を取り崩して分配金を支払うケースがあります。定期的に分配金を受け取れるメリットはあるものの、税金や手数料、複利効果の面でデメリットが多いため、資産形成にはまったく向きません。
毎月分配型ファンド約1,100本を対象に調べると、1年前に購入した場合、全体の3割弱で分配金の全額が元本払戻金(=元本の取り崩し)だったというデータがあります。
つまり、毎月分配型をNISAに組み込むと「非課税で元本を削られる」という本末転倒な事態が起きうるのです。信託報酬(投資信託の管理コスト)も相対的に高く、毎月分配型の信託報酬は平均1.6%弱と、いまだ高めの水準が指摘されています。「需要がある」こととと「制度として適切である」こととは、まったく別の話です。
② 非課税枠の年内復活案——誰のための要望か
「高リスク商品の乗り換えタイミングで非課税枠をすぐにリセットしたい」というニーズは、運用上級者には切実かもしれません。しかし現在のNISA制度は、売却した翌年以降に枠が復活する設計です。これは「長期・積立・分散」という設計思想と整合しており、短期的な乗り換えを促す即日リセット機能は、NISAの趣旨そのものと相性が悪いといえます。
この種の要望を「一般読者向けの政策論」として論じることには、そもそも視座のミスマッチがあるのではないでしょうか。
こどもNISAの「名義と支配」問題——親権者の質に結果が依存する
こどもNISAは名義が子どもであり、12歳以降の引き出しには子の同意が必要です。子どものNISA口座を使って積み立てた資金を、親が使ってしまう可能性があることが課題として指摘されており、12歳までは引き出せないこととし、12歳以降での引き出しも子供の同意などを条件とすることで対応しています。
しかし、ここには構造的な問題が残ります。口座の運用判断は事実上、親権者に委ねられているのです。「子供のお金を守る」ための設計工夫は一定程度評価できるとしても、親権者の金融リテラシーや価値観に、子どもの資産形成の結果が大きく左右されるという根本的な非対称性は解消されていません。
銀行預金という「安全で損な選択」を防ぐためのNISAという位置付け自体は制度の趣旨として理解できます。ただ、その枠組みを子の名義で設けることと、子の実質的な利益を守ることの間にある距離感は、今後も議論が必要なテーマです。
| NISA口座数の推移 | 時点 | 口座数 |
|---|---|---|
| 新NISA開始前 | 2023年12月末 | 約2,249万口座 |
| 新NISA開始1年後 | 2024年12月末 | 約2,560万口座 |
| 直近 | 2025年6月末 | 約2,696万口座 |
| 政府目標 | 2027年12月末 | 3,400万口座 |
金融所得課税強化との連動——「アメとムチ」の構図
「NISAの拡充は、将来の金融所得課税強化への布石ではないか」という見方があります。筆者の考えでは、現時点では推論の域を出ないため、断言より「可能性として注視すべき」の水準で持っておくのが適切ではないでしょうか。ただ、この仮説が完全に荒唐無稽とは言えない根拠はあります。
2026年度税制改正の大綱に、ミニマムタックス(超富裕層への最低税負担)の特別控除額と税率の見直しが盛り込まれています。特別控除額を現行の3億3,000万円から1億6,500万円に引き下げ、税率を現行の22.5%から30%に引き上げる方向が示されており、開始から2年で増税の方向に見直されていることから、金融所得に対する課税を引き上げていくという議論は今後も続くと考えられます。
金融庁が公表したデータによると、2025年6月末時点でNISA口座数は2,696万口座、旧制度も含めた総買付額は63兆円に達しました。これほど大規模な口座保有者層への増税は政治的コストが高く、実施するなら段階的かつ緩やかな形になるはずです。ただし、新NISAは現在のところ金融所得課税の対象外ですが、今後も含まれないとは言い切れないため、税制改正は引き続き注視する必要があります。
本質的な問い——「制度を使えない人」はどこにいるのか
「格差拡大を招くのは望ましくない」という留保は、多くの報道で一行で処理されています。しかし筆者の考えでは、これこそが最も問い直されるべき構造的論点ではないでしょうか。
資金の余裕のある世帯では子供のNISA口座での投資を拡大させることができ、子供が成長した時点で相応の資産を得ることができる。これが資産格差を固定してしまうとの指摘があります。年間60万円をジュニアNISAの80万円から減額したことで格差拡大への一定の対応は図られているものの、そもそも毎月5万円を子どもの口座に積み立てられる家庭とそうでない家庭の分断は、制度の上限設定では解決しません。
NISAの投資枠を拡大させれば、それを金融資産保有額が大きい富裕者が利用することで、所得格差を一段と拡大させてしまう問題があります。NISA拡充策は、投資推進と格差問題とのバランスの下で議論されてきたのですが、最終的には「資産所得倍増計画」という成長戦略を所得格差対策に優先させた、というのが決定の意義だと指摘されています。
言い換えれば、「制度の上に乗れる人」の利益を最大化する政策と、「制度に乗れない人」の問題をどうするかは、別の政策課題として切り離されたままです。贈与税・相続税との整合性も含め、「誰が実際に得をして、誰が搾取されるのか」という問いを持ち続けることが、制度を読む上での基本姿勢だと言えるでしょう。
まとめ——制度を「解説」として読むのか、「問い」として持つのか
こどもNISAを含む今回のNISA拡充は、制度論として見れば「長期・積立・分散」の範囲で手堅くまとまっています。ジュニアNISAの失敗(複雑な引き出し制限、利用低迷)を反省した改善も見られます。
しかし、各論点を丁寧に追っていくと、次のことが浮かび上がります。
- 毎月分配型の排除は制度設計として正論であり、「惜しむ」ものではない
- 非課税枠の即日復活案は「長期運用」の趣旨と相性が悪い運用上級者向け要望
- こどもNISAの親権依存構造は、子の利益保護という目的と完全には一致しない
- 格差問題は「望ましくない」という形容詞で処理されており、構造的な問いに転換されていない
制度の報道を読む際に、「財務省・証券業界・与党の落とし所を解説しているだけ」という枠組みを一つの読み方として持っておくと、見えてくるものがあります。社説が「意見」を言っているように見えて、実は「既定路線の整理」をしているだけというケースは少なくありません。
読者としての行動提案は一つです——制度の数字やスペックを覚えることよりも、「誰が得をして、誰が置き去りにされるのか」を問い続ける習慣を持つこと。それが、制度の受益者になるための、最も実践的なリテラシーではないでしょうか。


